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2009年10月18日

車椅子でのアクティビティ 結果

 先日、ブログに書いたスカイレジャーショーについて報告です。

 6時半に起き、指定駐車場のひとつ十六沼運動公園多目的広場へ8時半に着。前列は埋まっていたもの、まだまだ入る余裕があった。
 
 まず、嫌な予感は朝から的中。誘導の指示に従い駐車場へ。降りたとたんテンションが下がった。
 
 駐車場自体がボコボコの雑草の伸びた土。。。朝露で濡れ、土は表面は泥と化していた。また、雑草に隠れてところどころ溝があり、一人で移動できるような状況ではない。
 見兼ねた友人が、「押しても車椅子が進みにくいので、道路の近くに場所を移動できませんか?」と、尋ねたところ、「前のほうや道路側はすでに埋まっているので」とのこと。
 力持ちの友人が苦労をしながら約100mほど車椅子を押してシャトルバスのほうへ。すると、あいてないはずの道路に近い駐車場は数台分空いていた。確認もせずに「ない」と返事をしたのだ。
 朝から汗をかきながら苦労した友人は、文句を言いたいのを我慢した。ここで言ってもしょうがないとあきらめたのだ。

 そして、その先には、黄色いスタッフジャンバーを着たバス会社のスタッフがたくさんいた。

 駐車場内(多目的広場)は土手で囲まれている。その黄色いジャンバーの人が、土手登れますか?と聞いてきた。「愚問だ・・・登れるわけがない。」と思った。
 土手が切れている場所がないか聞いてみると、上まで行かないとないとのこと。上を見ると200mくらいはある。このぼこぼこを200m押してもらい、アスファルトを300m近く下るのか?押す人が大変だ。だんだん腹がたってきた。
 
 しかし、よく見たら下のほうが少し低くなっていたので、そちらから道路に出ようとして車椅子を進めた。
ここでも友人が、介助をしてくれてなんとかクリアした。ほんと友人に申し訳なかった。

 そして、問題のシャトルバス。

 在来線運行の乗合バス。実は、向かう途中で郡山から応援に来たと思われる、真ん中が両開きになるバスと信号待ちで隣合わせた。

 表には車椅子マークが。「これが十六沼に一台でもあったらいいのにね。」「言ったから十六沼に配車するんじゃない?」「でも、方向違う方に言ったねーー。」「対応できないって言ってきたから、それが対応したと思って何にもしないと思うよーー」と話しながら来た。

 そして、予想は裏切らず、普通の乗合バスが待機していた。「車椅子では乗れない」という声が聞こえた。が、すかざす、「事前問い合わせをしたところ、みなさんで対応していただけることでしたので」と伝えた。

「どう手伝ったらいいか教えてください」という。
乗合バスの狭い階段、どう手伝ってもらったらいいか私が聞きたい。正直、狭すぎて・高すぎてどうしようもないからなにも思いつかない。人数がいたところでどうしようもない。
 外には車椅子のマーク「車椅子はたたんでお乗りください。」という青い車椅子のステッカーが貼ってあった。

 「??」車椅子を降りて、たたんで乗れる車椅子ユーザーは、私の周りでは見たことがない。車椅子をたたんで、あの高い乗降口を自力で登って乗る車椅子ユーザーっているのかな?

 狭いところをおんぶされたりしては、両ひざを間違いなく打ち付けて痣になるだろうし、横になったらお尻をひっかける。マヒ部位は傷や痣がついたら治りにくい。最大限気をつけなければならない。

 ましてや知らない人にはおぶりたくないし(おんぶは膀胱が圧迫されて尿が漏れますし、それに知らないおっさんに胸が当たる)、友人におぶってもらったりしては、後ろから知らない人にパンツでも見られるのもとんでもない(いつもおしゃれ着はスカートだからね。おぶるときは膀胱をからっぽにしなければならない)

 抱えてもらうのが一番安心だが、慣れてないと落とされる可能性が高い。数人で抱えられると、わきの下に手を入れられ、失礼にも胸をられたり、腕を上にしたりすると痛くてしかたがない。そして、ひざを抱えられるため、おしりが下がり、肩に負担がかかり腱が伸びてさらに痛い。さらに、わきの下に擦過傷や圧迫の痣ができるのは容易に想像できる。だんだんみじめになってきた。

 さて、ここまで手をかりることに拒否をするには、それなりに理由がある。

 はじめてナショナルチームに入ったときの最初の合宿。1人の選手が夜到着予定だった。そのころの東京の在来線の駅にはスロープやエレベーターがあまり設置されていないとき(15年くらい前)で、駅員さんや通りすがりの乗客数人(4人抱え方法)で車椅子で持ちあげて階段を上っていた。

 その選手は新幹線で来たため、在来の駅でそうして運んでもらっていた。ところが、あろうことか、この選手を手伝ってくれた1人が、そう途中でバランスを崩したのだ・・・車椅子を持ち上げるとき4人運びが一番安定するが、4人の足取りや高さを合わせないと実は難しい作業なのだが、このとき、一人は華奢な男性だった・・・。
 そして、車椅子ごと階段の途中から落とされてしまい腕をけがをしたのだ。。。手伝ってもらった手前何も言えず、大丈夫ですと言ってそのまま痛い腕を押えて合宿所へ来た。
 医者にかかったら結構なけがで合宿もできなかったが、その後の選手生活にも響いた。
 世の中親切な人は多い、私たちも手助けがいる。でも、その手助けをしてもらう私たちは若干命がけでもある。 私も数度落とされたが、幸いにも大事には至らなかった。

 手伝いますか?と声をかけてくださる方がいるときは、まず、その人の体格を見てしまう。
 そして人によってはお断りする場合もある。そう、不快感を与えないように笑顔で答える。大丈夫じゃないけど「大丈夫ですありがとうございます。」と。

 さて、いくら考えてもどうしようもないので、一か八か車椅子バスケで鍛えた腕力を生かすことにしてみた。そう、腕力だけで手すりをつかってよじ上る作戦だ。

 ただ、これにも心配ごとがある。万全の体調であれば、今回の問い合わせなどしなかった。でも、今回それができない、いや、したくない理由があった。
 それは、昨年の北京パラの準決勝で痛めた肩のことだ。その肩のけががもとで1年間苦しんだ。そしてかばって練習したため、現在は肘を痛めて、物をつかむと激痛が走り体を支え切る自信がないのだ。
 そうした理由もあって、できるだけその手段はとりたくなかった。

 でも、結局は痛みをこらえ腕力で登った。言うことをきかないみぞおちから下を上半身でコントロールするにはテクがいるし、かなりの力がいる。

 そして結果、、肘の痛みが増してしまった。スカイパークに着いて降りる時もがんばった。
 そのため、帰りはその方法ができる状態ではなくなってしまった。携帯をつかむだけで痛くなってしまったのだ。。。

 結局、そうした困難はあったものの、室屋さんやユルギスのフライトは素晴らしいものだった。
 空き時間に室屋さんと直接お話しができ、命をかけてアクロバティックをする人を目の当たりにし感激だった。しかも、とっても有名なのに気取らない素晴らしい人柄に一瞬でも触れることができ、移動の件を除けばほんとうに行ってよかったと心から思った。
 
 そして多くの子どもたちが来ていた。でも、その中に車椅子や障がいのある子どもの姿は私の目には入ってこなかった。そして、目についたのは割と高齢のおじいちゃんたち。飛行機好きなのか一人で見に来ている人が多かったように思う。
 障がいのある人は、白杖をついた方、高齢者の車椅子(息子さんが押していた)この方は、スカイパークの坂道を延々と車椅子を押していた家族。一生懸命押す中年の息子さん。見ていて気の毒だった。

 周囲を見渡した。ほんとうにどうしようもできなかったのかと。そのスカイパークの言ったはみだすほどの関係車両があったかというと、私の目に映ったのは、余裕のある駐車スペースだった。
 実際、車を持ちこんだ場合、最後まで出せないのも気の毒なので、入れられないと断られた経緯があったが。見たところ関係者駐車場のスペースは3分の1以上空いていたし、大会が終わる前に関係者とは思えない家族づれの車が関係者駐車場へ出入りをしていた。その車が出るために高齢者の方を押す車椅子の方が下り坂の途中で止められていた。

 また、障がい者トイレも一般の人は使えないようにはしていたが、車椅子トイレの前に大きなケーブルがテープで固定されていて車椅子や足の不自由な高齢の御婦人の歩行の妨げになっていた。

 その車椅子トイレの脇に芝生のスペースに関係車両が停まっていたが、かなりのゆとりがあった。

 こうしたことを考えると、思いつかない・対応できないのではなく、手間がかかるから対応したくないのだということがわかる。
 思いつかない段階は過ぎている。それは、私が電話で対応を協議したときにおおよそのことは思案して提案したからだ。それでも対応しないのは、したくないのだ。

 残念なことはほかにもあった。

 花火大会の実行委員もそうだが、すべての人に楽しんでもらいたいと言いながら実行しないのは、心から思っていないことなのだ。

 さて、スカイショー自体の楽しい時間は過ぎた。問題は帰りのバスだ。私は、20年間車椅子に乗っていて、これほど恥ずかしく、そしてみじめに思ったことはなかった。
 正直、帰りのバスの中で涙を流した。車椅子であることがこれほど苦痛に感じたことはないほどだった。こうした体験をしたことは、私にこの報告と今後、この問題に対する戦いを決意させた原動力ともなるが、ほんとうにみじめな思いをした。

 乗るときもそうだが、腕が痛く指先と肘を使えないため地べたをはいずりバスを降りた。バス会社の職員は断っているにも関わらず、体を触り不快だった。

 それより、来るときに見た両開きのバスを発見。坂道の途中に停まっていたのを見つけスタッフに「あのバスを十六沼行きにできませんか?」とダメ元で頼んでみた。
そうしたら、できることになった。案外簡単に。

 そしてそのバスがきた。目の前に止まったバスが開いた。でも、開いてびっくり!そのバスには車椅子のマークがあるにも関わらず、真ん中が仕切られていて、乗車券を取る機械が真ん中にあり、2段もの段差があり、車椅子を持ちあげて乗れるスペースがない!そのサイズの入口があると普通は想像するじゃないですか?
 段差だけならスペースがあればなんとかなるが、半分に区切られているために4点保持で上がれない。車椅子を乗せることができるバス??そしたらあんな設計するのかな?というか、あれを導入した人も、車いすが乗車できると本気で思ってるのかが目が点だった。
 車椅子じゃないのにお洒落だといって車椅子マークを貼っている若者がいる。
 乗れないのに車椅子マークを貼っているバスがいる。わたしどもは車椅子乗車を拒否してないというアイテムとして貼っているのか?実際に乗ることができないのに。それはどうなんだろう。問題ではないのだろうか??

 私の車椅子は幅が狭いほうなのに、それでも乗るこができるものではない。意味ないよね。
そしてここからが、ここで語りたくない思い出したくもない悲劇の最後を迎えたのだった。


 最後に残ったのは破れたストッキング(80デニールもあるからタイツ)と足にできた痣。

 同じ料金を払い、ほかのひと同じサービスや安全を受けられなかったのは言うまでもない。

 今後、福島県のユニバーサルデザインの心が浸透してほしいことを切に願う。

投稿者 letssports : 2009年10月18日 16:24