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ぷよぷよマイケルぷよぷよマイケル
  過去の掲載分 2001年10月


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10月13日
■ 無料でもらえなかったアップデートCD

じつは先月29日、Mac OS X 10.1 アップグレードCD を入手しようと考えていました。ちょうど当日、さかいさんの所のフリーマーケットも行きたかったので、開成小学校へ寄ってから一路30キロ離れている福島OAプラザへ高速道路を飛ばして行ったのですが、私の「まだあるだろう」なんて浅はかな考えは脆くも崩れ、入手不可能だったのでした。

なんでも、店員さんが言うには「店としては40セットしか手に入らず、しかも開店前に入手目的の列ができており、開店30分後には品切れになった」とのことで、せっかく高速を使ったのに、悔しすぎる私だったのでした・・・

しかたなく帰路に就くも悔しさは紛れず、地元のドコモショップ・うねめ通り店へ寄って携帯電話を購入。べつに他の販売店でも良かったのですが、あのうねめ通り店にはある種の魔力のようなものがあり、何度も行きたくなるような不思議な力があるのです。ミニの制服が似合うきれいな女性がいるから立ち寄ってしまうのか、それは定かではありません。(でも、あの制服はずるいぞ。世の男性の深層心理を微妙にくすぐる。しかもあのお店のコはカワイイ・・・)

そんな携帯電話ですが、内心では最新型で液晶のきれいなSO503が欲しかったのです。しかし片手が不自由な私は折り畳み型が不便というか使いにくい。他にも、以前使用していたF501のメニュー画面が使いにくく閉口した経験から、私なりにメニュー画面の使いやすさを吟味した結果P503iに決定したのでした。

それにしても価格は安くなりましたよね。ちょうど使用ポイントが貯まっていたので6千円程度で購入できました。昔、携帯電話がレンタルから買い取り制になった当初、一式15万円も出して購入し、アナログ故に8時間しかバッテリーが持たず、常時予備バッテリーを携帯していた頃が懐かしいです。(あの頃は圏外ばかりで電波も貧弱だったなぁ)

話戻ってMac OS X 10.1 アップグレードCD ですが、その後、仕方なくインターネットのアップルストアから2,500円で購入することにしたのでした。そうこうしているうちに一昨日アップルストアから文字化けを含むメールが届き、たぶん今日あたり自宅に届く予定です。たぶん。



■ 年賀状作成準備の季節

秋を味わっている間もなく冬の足音が近づいているようで、猪苗代湖(私の住む福島県の大きな湖)には、また今年も白鳥が遠くシベリアから飛来してきたそうです。

プリンタメーカーや年賀状作成ソフト関連メーカーにとっては大事な季節。次々と新作を発表発売する季節でもあります。ちょうど「きれいな印刷ができる便利なプリンタ」を探していた私は、EPSONのPM-950Cを発売当日購入してしまいました。(CD-Rへの直接印刷が簡単) また、いろんなオプション品も同時に購入したのですがロール紙オートカッターは便利ですよ。実に手際良く勝手にカッチンカッチンと紙を切断してくれます。

さて、Macで年賀状作成といえば宛名職人が有名ですが、その『宛名職人Ver.9』と『宛名職人Ver.9 Mac OS X 専用版』が発売早々『9.0.1』へバージョンアップしました。

どこが変わったのか?どこが修正されたのか?一切記述がないのでわかりませんが、おおかた公表するのも恥ずかしいバグの修正かもしれません。『宛名職人Ver.9』と『宛名職人Ver.9 Mac OS X 専用版』を購入されたユーザーは、宛名職人Ver.9 最新ファイルセットをダウンロードしてパージョンアップされておくことをお勧めします。



■ 宗教と信仰

今現在、ニューヨークのテロ事件をきっかけにアメリカがアフガニスタンへ向けて戦争をしているわけですが、そもそもの発端はそれぞれの信ずる宗教の違いであったり信仰心の相違であったりするわけです。それぞれ一神教として凛としたバイブルが存在し教え導く体系と比較したとき、私はなんでもアリな日本の風土にありがたさを感じるのです。

正月や季節のお祭りに神社にお参りし、お盆に墓参りして線香を上げ、クリスマスにはケーキを食べる。言葉には出さずとも祖先を敬い家族を大事にし、そして近所との和を大切にする。そんな近隣との和を考えたとき、私は氏子青年会とか消防団青年部にある種あこがれを感じてしまいます。

そうは言っても創価学会から始まって第三次新興宗教ブーム後の混沌とした日本。その多くが他を認めない、つまり排他的な宗教であり信仰であるという事に不安感を抱くのです。(当時の織田信長もそんな気持だったのだろうか?)

私の場合、山形の出羽三山(『自然界への畏怖と感謝』を元とする山伏の山岳信仰)のように神職(神主さん)が(お坊さんが行う)護摩祈祷を行う場面を見ると、神仏混合時代の日本人らしさ(なんでも取り込んでしまうおおらかさ、皆が良いと思える行為を風習として取り入れる心)を感じるのでした。

ま、そればかりでなく、最近広く蔓延している『拝金主義のマルチLM』にも閉口しているのですけれど。現実問題、どうしようもないんでしょうねぇ。ああいった拝金主義の思想・信仰も。



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