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 2008/7/8 (火)  ◆ 「岩手・宮城内陸地震」現地レポート 5
「岩手・宮城内陸地震」現地レポート 5

7月5日(土)〜6日(日)

栗駒は、とても暑〜い日でした。
今年は、空梅雨なのでしょうか?梅雨入りしてもまとまった雨が降りません。被災地にとって雨が降らないのは好都合なのですが・・・。

もう顔なじみになった、耕英地区でイワナの養殖をしているおじさんが言っていました。
「ヘリコプターから山を見ると、山のいたる所に亀裂が入っているんだよ。あんなじゃ、山崩れもこれで終わりってことはないと思うよ・・・」「大雨が降ってダムが決壊したら、土石流がアッという間にここまで来る。町の防災無線を聞いてから逃げたって間にあいっこないよ。大雨が降ったら土石流が来るかもしれないって思わなきゃいけない・・・」「土石流は土が練られて練られて来るから、体に付くと体が締め付けられて、動けなくなるんだよ・・・」

ハートネットのマスコットバンは思ったより重症で、まだ入院中のため、今回の炊き出しも残念ながら焼き物だけ。定番の「焼きとり」の他に「ウィンナー」「サイコロステーキ」も登場しました。
子どもたちからは「いつになったら蒸しパンつくれるの〜?」と言われ、「車がまだ入院中なの、退院したらね・・・」と答えるしかありませんでした。
6日に、お隣でオールとちぎの皆さんが提供してくださった「宇都宮の餃子」は大好評!本当に美味しい餃子でした。(お持ち帰り分まで頂きました。ごちそうさまでした。)

5日は土曜日で学校もお休み。子どもたちは朝から避難所周辺で遊んでいました。子どもたちの姿は見えないのに「焼きとり屋さん来てるよー!」「ボク、焼きとり屋さんのところにいるね!」と、遠くの方から聞き慣れた声が聞こえると、なんかとってもおかしくなって笑ってしまいました。

日本最古の染色技法「正藍染」を守り続けている「藍の里」、文字地区。この地区も裏山の一部が崩れ、現在も一部通行止めになっています。以前から気になっていた地区でしたが、私たちが見る風景に、それほど大きな被害は見あたりませんでした。
しかし、川は確かに濁っていました。清流で流すという藍染め最後の作業行程を今年は断念したそうです。

5日、耕英地区の家屋調査があり、1世帯1名の方が自衛隊のヘリコプターで一時帰宅されました。
「今週末が、「イチゴ」の収穫時期の山場。カゴをしょってでも採りに行きたい・・・」と話していた耕英地区の方々。
しかし、国交省が徒歩での一時帰宅に中止の要請をしたとのニュースを耳にしたので「イチゴはどうなるのだろう・・・?」と心配していました。
3時半過ぎに、自衛隊のヘリコプターによる一時帰宅から戻られてので、「焼きとり」を持って「伝創館」に入っていくと、顔なじみになったイチゴ農家のおじさんが、「ちょうどお腹が空いてきたところだよ・・・」と声をかけてくださいました。
「イチゴどうでした?」と聞いてみると、「もうあきらめたよ・・・」「採れるだけは採ってきたけど、こう天気が続いたらもうダメだ・・・。今日採ってきたイチゴだってヘリの振動でジャムになりそうだったよ・・・」「イチゴの話をするとこいつ(奥さん)が泣くからさ、あんまり話できないんだ・・・」
「今日採ってきたのそこにあるから食べて・・・!」「これが空輸で届いたイチゴですね?」大きくて真っ赤なイチゴ。パクッと口に入れると口の中は、甘〜くてちょっぴりすっぱいイチゴでいっぱいになりました。
「雨が降ってきましたよ!」と言って、誰かが中に入って来ました。
「雨降ってきたって?」「よかった〜。今日は、8月、9月に収穫できるイチゴの苗を定植してきたんだけどさ、水をかける時間がなくって・・・。雨が降ってきたら、もう大丈夫だ・・・」

「山に行ったら鳥の声が聞こえた・・・。もう鳥もいなくなっちゃったかと思ってたから安心したよ。ウグイスも鳴いてたし、アカショウビンも鳴いてた。」「アカショウビンが鳴くと雨が降るってオヤジが言ってたんだ。アカショウビンの鳴き声は、雨が『フルルルルルル・・・・』って聞こえるんだよ。アカショウビンが鳴いてたから、今日は雨が降るなぁ〜?って思って山を下りてきたんだけど、よかったよかった・・・」

 「地震前にジャガイモを植えてうねをたてて来たんだけどさ、今日行ってみたら、地震で揺すられてうねが平になってジャガイモが地面に出てたよ。もうダメだと思ってイモを取ってみたら根っこが生えてたんだ・・・」「生きる力ってすごいねぇ〜。ジャガイモだって頑張ってんだから、オレたちも頑張らなきゃなんないって思ったよ・・・」
 そう言っておじさんはちょっと視線をそらしました。
頑張らなくっちゃという思いと、毎日山へ行って仕事ができない悔しさ。私たちもとてもつらい気持ちになりました。
夜眠れなくて薬に頼っている方もいるようです。

 耕英のイチゴはとっても美味しかった!
耕英地区復興のために私たちにできることはないかなぁ〜?

中村紀子
 2008/7/2 (水)  ◆ 「岩手・宮城内陸地震」現地レポート 4
「岩手・宮城内陸地震」現地レポート 4

6月29日(日)

「被災地に本格的な雨」という天気予報が流れる中、3回目の炊き出しを行いました。
前回の帰り道、ハートネットのマスコットバンが体調不良。只今入院中のため、炊き出し機材を運ぶことが出来ず、今回は残念ながら「焼きとり」だけの炊き出しとなりました。

「みちのく伝創館」に到着すると、
「ねえ、今日も焼きとりするの・・・?」「蒸しパンは・・・?」
「ボク、焼きとり焼く〜!」「私も、私も・・・!」
「ねえ、ねえ!蒸しパンつくらせて!」
「ごめんね!車が入院中でね。蒸しパンの道具を持って来られなかったの・・・。車が退院したら蒸しパンつくろうね!」
「じゃぁ焼きとり早く焼こうよ〜!」
雨の中でも元気な子供たち。
にぎやかな声が次から次に聞こえています。

 雨が小降りになると「イチゴ農家のおじさん」がやって来ました。
耕英地区の方々が「みちのく伝創館」に避難した翌日からお会いしている方です。
お茶で焼きとりを食べながら、
「おかげさまで昨日とおととい、自衛隊のヘリで山に行って来ましたよ。何だかボーっとして、何にも手に付かなかったけど、すっごくよく効く薬を飲んだみたいだった・・・」
「今日は天気が悪いから、山に行けなくて・・・。さっき体育館に行ってゴロンと横になったら、つい眠ってしまって・・・」

「イチゴはどうでした?」
「まもなく収穫しなきゃぁ〜。ヘリでとかいう話もあるみたいだけどさ、待ってられないから、カゴをしょって行ってイチゴを採ってくるつもりだよ。」
「採ってきたイチゴは、生で出せないから農協の加工場でジャムにしようと思う・・・」
「イチゴを採りに行くのに人手が欲しくなるでしょ?」
「うん、たくさんいれば助かるねぇ〜」・・・
こんな会話がしばらく続きました。

今回の地震災害では、家の片づけや粗大ゴミの搬出などのニーズが出ないために、ボランティアがあまり必要とされていないようです。
おじさんと一緒に、山まで歩いて行ってイチゴを採ってくるボランティアや出来上がったイチゴジャムを購入するボランティア・・・。
そんな人たちがたくさんいたら、耕英地区もきっと早く元気になるだろうなぁ〜?

10年前の「那須・白河豪雨水害」の時、私たちは被災から9ヶ月後にボランティアを募集して、「たんボラ」という活動を展開しました。
被災した田んぼをお借りして、手植えで田植えをし、草刈り、鎌で稲刈りをして、年末に自然乾燥をした美味しいお米と地元の特産品を詰めた「被災地応援パック」を販売。
水害の時に関わった人たち、手伝いには行けなかったけど何かお手伝いがしたいと思う人たちなど、たくさんの方に購入して頂きました。
被災地に関わった人たちは、それまで全く知らなかった町も「自分にとって特別な町」になるのです。

栗駒から帰って来て、以前からお付き合いのある仙台の団体に、イチゴを採りに行くボランティアの話をしてみたところ、よい方向で話が進んでいます。偶然ですが、旧栗駒町の町長さんともこの団体を通じての知り合いでした。
私たちは、今回もネットワークの大切さを実感しています。

「耕英のイチゴジャム」食べてみたいなぁ〜!

中村紀子
 2008/6/30 (月)  ◆ 「岩手・宮城内陸地震」現地レポート 3
「岩手・宮城内陸地震」現地レポート 3

6月22日(日)〜25日(水)

22日(日)から、栗駒の「みちのく伝創館」前で、お楽しみ炊き出しを始めました。
地元、栗駒で会社を経営されている方が、自前のキッチンバスを入口に置いて、うどんやそば、カレーやハヤシライス、お菓子等を無料提供しています。私達は、その隣にハートネットのマスコットバンを置かせて頂くことが出来ました。
初日のメニューは、定番の「焼きとり」「蒸しパン」「ふかし芋」の3種類。総数450食分を無料提供しました。

キッチンバスの周りでは、地元の子供たちが、炊き出しや配膳の手伝いをして頑張っています。ここの避難所は子どもが少ないので、子供たちの元気な声を聞いて、避難されている方々も少し「元気」が出るのでは・・・?という思いもありますが、「静かにして欲しい・・・」という方もおられるはずなので、「避難されている方の中には、静かにして欲しいなぁ〜。って思う人もいるから、そういう時には、静かにしててね・・・。」と子供たちに話しました。

私達も子供たちと一緒に、「蒸しパン」や「焼きとり」の準備を始めました。地震の時のことや学校のこと等、いろいろ話をしていると、「地震は怖かったけどさ、いろんな事があって何か楽しいよね・・・」という声が聞こえてきました。ここで手伝っているのはほとんどが小学5〜6年生です。避難所の前で「楽しい・・・」という表現は適切ではないかもしれませんが、「自分たちにも出来ることがある・・・」という思いが、復興への力となっていって欲しいと感じました。
今回の炊き出しは、避難所だけではなく、栗駒総合支所や仮設入浴場の提供をされている自衛隊の方々にもおすそ分け。「焼きとり」も「ふかし芋」も「蒸しパン」も大好評でした。
「明日も来てくれるの?」と言われてちょっと困ってしまいました。

25日(水)、時々小雨の降る肌寒い一日でしたが、第2回目の「お楽しみ炊き出し」を実施。第2回目のメニューは、「焼きとり」「ふかし芋」に新メニューの「じゃがバター」「抹茶の蒸しパン」と「チョコの蒸しパン」が加わりました。

ここで活動を始めて3回目。初めは私たちを見て「この人たち誰・・・?」という顔をしていた耕英地区の方々も、何となく見たことのある人たちが「焼きとり」や「お芋」を配っている・・・。と思ってくださるようになったのでしょう。声をかけて頂けるようになりました。

午後、おばあさんが、「今、すっごく気分が悪いことがあって出てきたんだよ・・・。」と言って、焼きとりを焼いている私たちの方に近づいて来ました。
話を聞くと、少し前に市社協から被災された方に見舞金が配られたということでした。手渡すところをマスコミの方々が写真を撮ったり・・・というセレモニーもあったそうです。
その後、それぞれに手渡されたそうですが、耕英地区で被災された方全員に渡されたわけではなかったようです。
「私は下に家があるから見舞金がもらえないんだって・・・。
みんながいくらもらったのか分からないけど、私はお金が欲しいんじゃない。被災したのはみんな一緒でしょ・・・? もらえない人がいる前で渡すことないんじゃないの?もらえなかった人は、黙って出て行ったよ。私の甥っ子ももらえなくて出て行った。私もすっごく気分が悪かったから出て来たんだよ。私は、早く旦那を亡くしたから、頑張って働いて下に家をつくったんだ。今は少しばかりの年金暮らしだよ。福祉とか何とかいってるけどさ、行政がこんなに冷たいとは思わなかった・・・。
娘は、そんなこと言うなって言うけど、とっても我慢できない。
私、間違ってますか・・・?」
おばあさんは、目にいっぱい涙をためて、息つく暇もないくらいに私たちに訴え続けました。

耕英地区では冬期間、山から降りて生活するためのセカンドハウスを持っている方も多いそうです。そのセカンドハウスで避難生活をしている方もいます。
見舞金については、諸条件から被災者全員に差し上げることが出来なかったのかもしれませんが、避難生活で心身ともに疲れきっている方々に対し、少し配慮が足りなかったのではないでしょうか?

暗くなってからお風呂上がりに、「焼きとりの店」にご来店の方々から「どっから来たの?」と聞かれました。「福島・・・」と答えると・・・。「俺たちの一世は丸森から来たんだ・・・」「親戚も丸森にいる・・・」
耕英地区は、戦後開拓された所だということは聞いていましたが、宮城県と福島県の県境の丸森町耕谷の方々が開拓された所だと知って驚きました。理事長の吉田が丸森町に詳しくて、おじさんたちとの話が弾みました。話を聞いているうちに、耕英地区の方々との距離がとっても近くなったような気がしてきました。
戦前、満州などに開拓民として入っていた丸森町耕谷地区の人たちが、戦後開拓地を求めてたどり着いたのが耕英だったそうです。
「その頃は、チエンソーなんてなかったから、大きな木もノコギリで切って・・・。すべて手作業で開拓したんだからそりゃぁ大変だった。」
「一世は、もう八十五〜六歳なんだ。復興まで2〜3年かかるって言われてるけど、そんなに待ってられないよ。せめて1年以内には何とかしなきゃぁ〜。一世には、復興した姿をちゃんと見せなくっちゃぁ・・・。」
「俺たちの一世は、全くゼロからのスタートだったけど、イワナやイチゴがダメになっても、俺らは一世が残してくれたものがあるからゼロからのスタートじゃないんだよ・・・」
耕英地区の方々のたくましさを感じました。

中越沖地震の時、移動シャワーの前に置いたテーブルが交流の場となり、暗くなるとお父さんたちが集まって、本音を話せる場となりました。この「焼きとりの店」もそんな場になったらいいなぁ〜と思いながら話を聞いていました。

この日、地域助け合いセンターから「がんばろう!耕英」Tシャツを頂きました。仲間に入れて頂いたような・・・。そんな気がして嬉しくなりました。


中村紀子
 2008/6/22 (日)  ◆ 岩手・宮城内陸地震現地レポート2
岩手・宮城内陸地震現地報告2

6月21日(土)

 岩手・宮城内陸地震から1週間。地震発生時刻の午前8時43分。栗原市栗駒の「伝創館」に避難されている方々が栗駒山に向かって犠牲者の冥福を祈る黙祷を捧げました。

 前回伝創館を訪れた時「さくらんぼをいただいた」と話してくださった時のおばさんの笑顔。私達も何かお手伝いが出来ないか・・・?と今回も炊き出し道具をハートネットのマスコットバンに積み込んで郡山を出発しました。
 19日(木)伝創館の入り口で「たい焼き」を無料提供していた横浜のボランティアさんの姿は見えず、今日は地元栗駒の方々が、お菓子やうどん、そばの無料提供をしていました。子供達もそこに集まって楽しそうに遊んでいます。私達も栗原市栗駒支所の許可を得て、地元の方々と同じ場所で「お楽しみ炊き出し」をすることにしました。
 「おたのしみ炊き出し」は明日、6月22日(日)から始めます。

 集団避難した栗駒耕英地区の方々の会議を傍聴することが出来ました。
「イワナ」養殖の発祥の地と言われる耕英地区。農家も旅館も自然学校も「全員もどる!」ために日本財団の協力を得てプロジェクトを立ち上げました。まずはイワナとイチゴを搬出するための会議を開いていました。道路が寸断されているため空輸で搬出できなければ、歩いて搬出できる道を探すということでした。
 意識を一つにして耕英地区復興のために頑張ろうと「耕英復興プロジェクト」と名付けられました。
中村紀子
 2008/6/21 (土)  ◆ 岩手・宮城内陸地震現地報告1
岩手・宮城内陸地震

地震発生から7日が過ぎました。地震発生当日、3日目、そして5日目と3度現地を訪れています。
一昨日の6月18日には、前栗駒町長(現栗原市議)さんと一緒に、花山地区の避難所「石楠花センター」と栗駒地区の避難所「伝創館」を回らせて頂きました。
花山を訪れた時、「災害ダム決壊」という誤報が流された時で、花山支所は消防や自衛隊の方々などで騒然とした状況でした。支所に隣接する「石楠花センター」で短い時間でしたが、避難されている方のお話を聞くことができました。
ゴザを敷いた体育館でお話を聞いていたのですが、足が冷えてくるのを感じました。「夜は寒くないですか?」と尋ねると、「夜はゴザの下にこの新聞紙を敷いてその上にマットと布団を敷いて寝てるけど、夜中に寒くて目が覚める。」とおじいさんがおっしゃっていました。

今週に入り、前町長さんの説得で、全員山を降りた耕英地区の方々が避難している「伝創館」に入ると、「とにかく山に戻ろう!」「みんな一緒に頑張ろう!」という声が聞こえてきました。目の前にいた私達に「いろいろ考えたって仕方ないよねぇ〜。」「前向きに考えなくっちゃぁね。」と言っておじさんがニコッと笑っていましたが、私は。何も言えずただニコッと笑い返すのが精一杯でした。
ちょうど夕食が終わったところでしたが、おばさんにお話を聞くことができました。「今日の夕食は、キャベツの煮物とサンマ。ご飯が美味しいんだよ・・・」「それからね、今日はサクランボが出たんだよ。」とニッコリ笑って話してくださいました。(ここの避難所には山形の自衛隊入っているからでしょうか?)おばさんの笑顔を見て私も嬉しくなりました。
不安や心配、慣れない避難所生活で夜も眠れなくて肩こりがひどいと言って、両肩に湿布薬を貼っていました。

「伝創館」を出ようとした時、区長さんがマスコミの方と話しているのを耳にしました。
「こうやって避難して来て皆さんにお世話になって、お客様で居られるには3日間。それ以上はそういう訳にはいかない。ちゃんとしないとあの人達は何やってるって言われる。だから自分達できちんとルールを決めて生活していかなくっちゃぁいけないと思う。
今、ここには、飲み物や食べ物がたくさんあるけど自分でお金を出して買ったものではないからみんな粗末にしてる。少し口をつけてはそのまま置いてその場を離れたり・・・。家に居たらそんなことはしないだろう。ここにあるものではなくて、みなさんからいただいた物なのだから大切にいただかなくちゃぁいけない。
そんなことをみんなに言わなくてはいけないのが悲しい・・・」。

地震の時の恐怖、家のこと、慣れない避難所生活。そしてこれからのことなど不安で不安で眠れない毎日・・・。
「サクランボをいただいた」と話してくれた時のおばさんの笑顔を見て、一日に一つくらいニコッと出来ることがあったらいいのにな・・・。そんなお手伝いが出来ないのかなぁ・・・?と思いながら伝創館をあとにしました。

東北も梅雨に入りました。本格的に雨が降る前に行方不明の方々が見つかりますようにと祈っています。
これから4回目の現地入りです。

中村紀子
 2008/6/14 (土)  ◆ 20:00現地情報
午後から宮城県栗原市栗駒町の前町長さんとお会いしました。
大きな被害もなく、各自家の片付けをしているようです。
断水があるので給水車が出ていますが、倒壊家屋も1軒のみとの事で石塀の倒壊が何カ所か見られますが、宮城県社協もボランティアセンターの開設を見送る方針のようです。
夜になって一関市の災害対策本部を訪ねました。こちらもボランティアの受付を行わないそうです。担当者が的確な表現をしていましたが。今回の揺れではプールの水は溢れたが職場にきたら机の引き出しが開いていなかった、ということです。
宮城県北部連続地震との揺れの性質の違いを表しています。
これが、震度の割に家屋の被害が少ない印象を受ける訳なのだと思います。
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